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歌詞に関する雑考

2011年10月02日 12:17

スマホ、まだ全然変える気はなかったのですが、
まさか60を過ぎた母親にも先を越されるとは・・・!!
うぅ、何となく負けた感。


Enoの新譜、微妙。。。
英語があまりできない者にとって、ポエムは敷居が高かったか!?
はりきって買った豪華版の2枚目がインストバージョンなので、結局そっちばかり聴いている。
でも考えてみれば、歌にしたって何で私達(英語があまりできない人達)が英語の歌聴いてるんだろうな?
ところどころは理解できるし、好きなフレーズは歌詞が耳に残るし、英語のリズム感が自分の好きな音にうまくはまるってのもあるけれども。やはり日本語の歌詞が自然と頭に入って来るのと同じではないわけで。
正直、私は英語の歌って何となくイメージ頼りで、内容は半分も理解してないと思うんだけど、じゃあポエトリーリーディングもOKじゃんってふうには何故か行かない…。

で色々考えてみたら、私は「わざと歌詞をあいまいに理解しておきたい」のかもしれないと思えてきた。
時々、今の日本語の歌を聴くと、稚拙な表現とか言葉足らずなとこにイラッとしたり(特に「想いがあふれてうまく言葉にできないんです」風な免罪符を打ってる感がみられるものに。←自分自身のボキャのなさは棚にあげて言うのも何なのですが。)、いい歌詞だけど聴くときの感情が限定されて飽きるスピードが凄く早かったりすることがあるんだよね。

そう、、、私は内容が分かれば分かるで「この歌詞はヌルすぎる」とか「この歌詞ムカつく」とかケチつける嫌なリスナーなのだっだ…!

だから、曲と長くつきあうために自分の中で色々不確定しておきたい気持ちが働いてるのか?と。
でもそれって本当の意味で曲を味わっていることにはならないのかなぁとも思う。洋楽でも、一番最初に自分の中で沸き起こったイメージを大切にしておきたいから、最初のうちは歌詞見たくないほうだし。(←でも最終的には気になって、見る)
話は戻るけど、それが今回の[Drums between the bells]のポエトリーリーディングだと、嫌がおうでも詩の内容を突きつけられる感がしてダメなのかなぁ。詩を読む声を音の一部と感じられるようになったらまた違うのかもしれないですが。

何だか長々書いてしまったけど、シンプルに
「自分にとって心地よい音楽をいい気持ちで聴けばいいよ」って話だね。ははは。


Tiger mountain、LOVE。

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